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「思慮深いまなざし」ちょっとEお話Vol.3

こんにちは。 Shinjiです。

ちょっとEお話のVol.3です。

聴き方を変えること、それは自分をありのままに受け入れること。
それは人の人生を大きく変える力がある。
でも、自分を受け入れることは、なかなか難しい。
そこを超えると、新しい世界が待っている。
今回も、そんなことを考えさせられるお話です。



今回は、神津カンナさんという文筆家の方のお話です。

彼女は、お父さんが作曲家の神津善行氏、
お母さんが女優の中村メイコさんで、
小さい頃は天才子役として演劇の世界でも有名でした。

そのカンナさんが文筆家になったきっかけの話です。
ちょっと長いですが、よかったら読んでみてください。



「思慮深いまなざし」

     神津カンナ「うちポケットの原石たち」(集英社)



カンナさんがはじめて新聞社のコラムを書く仕事をしたとき、
何回、何十回とエッセイをつくって持っていっても、
編集長はうんといわない。

それどころか、だんだん目がつりあがってきて、
「こんなもんで、金がもらえると思っているのか。
 人はね、お金払って新聞を買う。
 お金を払って記事を買う。
 お金を払って文章を買うんだ。
 お金を払ってまで読みたいと思うような文章を一度でも書いてみろっ!
 お前の文章はお金を払ってでも突っ返したい文章だっ!」
と、編集長は自分のポケットから千円札を出して、
カンナさんの原稿の上に置いて返した。


さすがにがっくり落ち込み、疲れ果て、
自分には才能がないんだ、
それじゃ、もう書くのやめよう。もう、やめた。
完全にやる気をなくしたそうです。


家に帰って、そのことをお父さんに話しました。
カンナさんのお父さんは現役の作曲家。

カンナさんは、お父さんには音楽家としての才能が、
初めからあったと思っていました。


ところが、お父さんはこんな話をカンナさんにしたそうです。


カンナさんのお父さんが小学校四年生のとき、
日本はまだ戦争中でした。

軍から命令があり、
音楽優秀なものを20名選んで、
少年軍楽隊を作れ、という指令が小学校に来た。

小学校の中まで軍国主義を浸透させようという意図だったそうです。
お父さんは、その候補を選ぶ試験で、四年生なのに、
五年生、六年生をさしおいて一番になった。

つまり、学校中で音楽が一番だったということでした。


お父さんが音楽家になったあとに、
小学校の同窓会があった。

そこに出席したときに、
まっさきに音楽の先生のところへお礼にいった。


「先生、ありがとうございました。
 先生がぼくの才能を発掘してくれたおかげで、
 ぼくは音楽家になりました」


すると、その先生は持っていた杯をパタッと落として、
「きっ、きみは、それで飯が食えているのかっ?」
と訊いてきたそうです。


お父さんは、
「ええ、まあ、なんとかやってます。」
と言うと、先生は、くーっと目が涙でいっぱいになって、
ウワっと泣きはじめた。


「戦争の痛手が、いまだ、こんなところに残っていようとは!」
お父さんはわけが分からない。
「神津くん、気を確かに持って聞いてくれ。」
と、先生は話し始めたそうです。


軍からお達しが来たとき、
学校の先生は、みんな反対だった。
戦争中、子どもたちはみんな栄養失調で、
軍隊などに指導されてラッパなんぞやらせたら、
みんな胸を悪くしてしまう。


当時は、胸を悪くしたら死につながっていた。

子どもを死に追いやるなんてもってのほかだ。

だけど、軍の命令には逆らうことはできない。

なんとかしなければ。

そこで、ちょうど身体測定が学校であった。
肺活量の多いものから20名選ぼう、ということになったそうです。


音楽の試験は一応やったらしいのですが、
それはまったく関係ないものとして、
つまり、お父さんは、
音楽の才能ではなく、肺活量で選ばれた、ということなのです。

肺活量を測定するとき、
恐い先生が目の前でいんちきをしないように見張っている。

お父さんが、もうだめだと思ったとき、その先生が、
「ふぇっ、ふぇっくしょん!」
とくしゃみをしたそうです。
一生懸命やっているときに大きなくしゃみをされたんで、
びっくりして、肺活量計の口を離して、
思わず鼻から外の空気を吸っちゃったんだそうです。

そしたら先生は、照れくさかったのか、
「こらっ、ちゃんと吐け!」
しょうがないから、
さっき外から入っちゃった空気をもう一度吐いてしまった。

お父さんは、小学校四年生にして、
巨大な肺活量になってしまった。

ということは、
お父さんは、音楽の才能ではなく、
肺活量で一番になって、
しかも、
その肺活量はいんちきだった。

お父さんをそれを知って、そうとうショックを受けたそうです。
もう音楽をやめよう、と三ヶ月くらい、まったくやる気をなくしてしまった。

でも、その間にお父さんは考えたそうです。
確かにぼくには才能がなかった。

じゃあ、なんで音大に入れて、音大を卒業できて、
ぽつりぽつりだけど作曲の依頼も来るようになったんだろう。

そう思ったときに、
ああ、ぼくには才能はなかったけれど、
音大に入れるくらいの才能は作れた。

それじゃ、三つ、四つ、十個、二十個、三十個の作曲の才能も、
もしかしたら作れるかもしれない。


話しのあと、お父さんはピアノの下からカステラの箱を三つ出して来たそうです。

その中には、ちっちゃい、ちびた鉛筆がどっさり入っていた。

お父さんは、カンナさんの顔を見て、
「ぼくは、自分に才能がないから、
 自分で才能をつくらなければ人と勝負できない。
 だから、仕事がないときでも必死で作曲して、
 自分の才能を一所懸命つくった。
 その目安にしようと思って、
 鉛筆がちびるとその箱に入れていったんだ。
 きみは、ものを書く才能がないから、
 もの書きになるのをやめると言っているが、
 いったい、鉛筆を何十本くらい使ったんだ」


カンナさんは、そのとき、鉛筆一本半くらいしか使ってなかったそうです。

さすがに、何も言えなくなってしまった。


お父さんは続けました。
「君が才能がないなんていうのは、ぼくに言わせれば、不遜な態度だ。
 きみは、そんなに才能があるとでも思っていたのか。
 なんにも努力しないで、
 素晴らしい文章が書けるとでも思っていたのか。
 才能がある人なんて、何万人に一人しかいない。
 才能の無い人は、自分で才能を作るしかない。
 才能というのは、本人が才能をつくる気があるかないかで決まってくる。
 自分にものを書く才能がないというんだったら、
 カステラの箱一杯分くらいは鉛筆を使ってからいってくれ。
 そのとき改めて相談に乗ろう。」


カンナさんは目から鱗、だったそうです。


自分は勘違いをしていた。

自分は、三島由紀夫か志賀直哉か夏目漱石かしらないけれど、
ものすごい才能のある人と混同していた。

私は違うんだ。

私は自分で才能をつくっていくんだ、
ということに気が付いて、
それを原稿に書いた。

翌日、新聞社に持っていったら、編集長が、
「いいじゃないですか。
 こういうのを書くんですよ。」
と初めて言ってくれたそうです。


カンナさんは言ってます。

「才能がないと気が付いたということは、
 非常にラッキーなこと。
 誤解をしたまま、あとで気がつくよりも、
 早いうちに気づいて、
 才能をつくるということに頭を切り換えていけば、
 才能というのはどんどんくっついてくる。
 私は、文章を書くことによって、
 自分のなかに才能をつくっているんだ。
 そういう気持ちで仕事をしています。」




才能はもって生まれたものではなく作るものだ、
とい言葉に心を打たれます。

私などは、つい、
うまくいかないことを他人と比較して、
あの人は才能があるから、とか、
自分には人と比べて才能が無いからしょうがない、とか、
いくらでも弁解の言葉を並べ立ててしまいます。


カンナさんのように、
自分が自信を持って提示した仕事を、
けんもほろろにダメだしされたら、
きっと私も相当落ち込んで、
しばらくは立ち直れないかもしれません。


では、
そのようなとき、
砕け散りそうな心を更に奮い立たせて、
前へ進んでいくにはなにが必要なのでしょうか。


才能は自分で作るしかない、
君は自分の才能を、本当に作る気があるのか?


この声を、
自分自身に発して、
常に聴くしかないのかもしれません。


常に、自分に対して、
本気でやる気があるのか、
と問い続けるのは、
結構しんどいことのような気がします。


でも、自分の道は、
自分でしか作れないのなら、
何度失敗しても、何度ぬかるみに足をとられてころんで泥だらけに成っても、
身動きできずににっちもさっちもいかなくなっても、
自分で動き出さない限り、
誰も助けてくれないのだろうと、
このお話で感じます。


反対に、
何度壁にぶつかっても、何度踏み潰されても、
諦めずに自分の道を進むなら、
もしかしたら、
思ってもみなかった人が助けてくれるかもしれません。


ただ、一つだけ、大切なことがあると感じます。


それは、
何のためにそれをするのか、
自分はその道を作ってどこへ行きたいのか、
それを自分自身で持っていなければ、
助けてくれる人も居なくなるかもしれません。


その道が、孤高の道であっても、
あきらめずに坦々と信念を持って進んでいけば、
いつか自分の思いが、
その道の行く手をはっきりとした形にしてくれて、
その道を進むのを誰かが助けてくれるのかもしれません。


それを成し遂げるために、
自分のありのままの姿、心を、
常に聴き続けることが必要な気がします。


今回も最後までお読みいただき、
ありがとうございました。



うちポケットの原石たち
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テーマ : 心、意識、魂、生命、人間の可能性 - ジャンル : 心と身体

ちょっとEお話Vol.2「縁を生かす」

こんにちは。 Shinjiです。

ちょっとEお話のVol.2をお届けします。

聴き方を変えることが、
人の人生を大きく変える力があることを、
改めて知らされるお話です。



「縁を生かす」


    「小さな人生論3」藤尾秀昭(致知出版社)


その先生が五年生の担任になった時、
一人、服装が不潔でだらしなく、
どうしても好きになれない少年がいた。

中間記録に先生は少年の悪いところばかりを記入するようになっていた。


ある時、少年の一年生からの記録が目に留まった。
「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。
 勉強もよくでき、将来が楽しみ」とある。

間違いだ。
他の子の記録に違いない。
先生はそう思った。


二年生になると、
「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」
と書かれていた。

三年生では
「母親の病気が悪くなり、疲れていて、教室で居眠りする」。

三年生の後半の記録には
「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」とあり、
四年生になると
「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、子どもに暴力をふるう。」


先生の胸に激しい痛みが走った。


だめと決めつけていた子が突然、
深い悲しみを生き抜いている生身の人間として自分の前に立ち現れてきたのだ。


先生にとって目を開かれた瞬間であった。


放課後、先生は少年に声をかけた。
「先生は夕方まで教室で仕事をするから、
 あなたも勉強していかない?
 分からないところは教えてあげるから」


少年は初めて笑顔を見せた。


それから毎日、
少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。

授業で初めて手をあげた時、
先生に大きな喜びがわき起こった。

少年は自信を持ち始めていた。


クリスマスの午後だった。

少年が小さな包みを先生の胸に押しつけてきた。

あとで開けてみると、
香水の瓶だった。

亡くなったお母さんが使っていたものに違いない。


先生はその一滴をつけ、
夕暮れに少年の家を訪ねた。


雑然とした部屋で独り本を読んでいた少年は、
気がつくと飛んできて、
先生の胸に顔を埋めて叫んだ。


「ああ、お母さんの匂い!
 きょうはすてきなクリスマスだ」


六年生では先生は少年の担任ではなくなった。


卒業の時、先生に少年から一枚のカードが届いた。


「先生は僕のお母さんのようです。
 そして、
 いままで出会った中で一番すばらしい先生でした」


それから六年。

またカードが届いた。

「明日は高校の卒業式です。
 僕は五年生で先生に担当してもらって、
 とても幸せでした。
 おかげで奨学金をもらって医学部に進学することができます」


十年を経て、
またカードがきた。

そこには先生と出会えたことへの感謝と、
父親に叩かれた体験があるから患者の痛みが分かる医者になれると記され、
こう締めくくられていた。


「僕はよく五年生の時の先生を思い出します。
 あのままだめになってしまう僕を救ってくださった先生を、
 神様のように感じます。
 大人になり、
 医者になった僕にとって最高の先生は、
 五年生の時に担任してくださった先生です」


そして一年。

届いたカードは結婚式の招待状だった。


「母の席に座ってください」
と一行、
書き添えられていた。



人は誰でも無数の縁の中に生きている。
無数の縁に育まれ、人はその人生を開花させていく。

大事なのは、与えられた縁をどう生かすかである。





人は他人のことを、
どうしても自分の感情の部分で判断して、
色眼鏡で見てしまいがちですが、
真実を見る目を持っていれば、
180度人の運命を変えることができると、
この先生の行動で感じました。

そして、
この先生の取った行動こそ、
自分の聴き方を変える、
ということではないかと思います。


この先生は、
はじめはどうしても、
少年のことが好きになれませんでした。


それは、
先生の色眼鏡で見ていたからでしょう。

服装が汚い、
だらしない、
という外見に目がいっていたからです。


でも、
これは私自身も普通にやってしまうことで、
もしかしたら、
この文を読んでいただいている方の中にも、
ついやってしまう方もいらっしゃるかもしれません。


この先生のすごいところは、
少年の抱える真実を知って、
自分の色眼鏡に気づき、
それを行動に出したことだと感じます。

誰しも、
時には真実を知らずに、
色眼鏡で見ていることがあるかもしれません。

しかし、
本当の幸せは、
自分の色眼鏡に気づいて、
それを変える勇気を持つことで、
得られるのではないかと、
このお話を読んで思います。


自分の色眼鏡にどうしたら気づくのか。

それは、
自分の聴き方を変えることではないでしょうか。

自分の聴き方とはなにか。

つまり、
自分の心の声を聴き、
そして人の心の声を聴くことだと思うのです。


自分のとらわれに気づくのは、
日常生活の中では、
とても難しく感じます。


とらわれていることすら感じていないことが多いと思うからです。


ではどうしたらいいのか。


その一つの方法が、
自分が嫌な思いや、
辛いことで悩んでいるとき、
または、
人のことを批判したくなったり、
自分に降りかかるネガティブなことを人のせいにしたくなったとき、
その自分の思いに気づく、
つまり自分自身の心の声を聴くことではないでしょうか。


人は、
他人から指摘されると、
つい逆らって、
素直に受け入れられないことがあると思います。


でも、
自分が意識して、
自分の心の声を聴くようにしていたら、
行動の変化を起こしやすいのではないでしょうか。


そして、
それが、
いつかは自分の本当の幸せにつながっていくような気がします。




先生の気持ちを素直に受け止め、
自分の人生を恨まず、卑屈にならず、
前向きに切り開いていった、
この少年も素晴らしい人間だと思います。


どうしてそんな小さな少年に、
こんなことができたのか、
と、つい考えてしまいます。


永平寺を建立した道元という方のお話があります。


道元が弟子から問われました。
「人間はなぜ成功する人としない人がいるのですか」

 道元「成功する人は努力するからだ。」
 弟子「努力する人としない人がいるのはなぜですか。」
 道元「努力する人は志があるからだ。」
 弟子「なぜ志がある人とない人が生じるのですか。」
 道元「志のある人は、人間は必ず死ぬということを知っているからだ。
    志のない人は人間が必ず死ぬということを本当の意味で知らない。
    その差だ。」


ローマの五賢帝の一人、
マルクス・アウレリウスも、
その著書「自省録」でいっているそうです。

 もう一人の人間は祈る。
 「どうか私の子供を失うことのないように」と。
 ところが君は「失うことを恐れずにいることができますように」と祈るのだ。

この方は、
自分のお子さん14人のうち8人を成人する前に失ったそうです。


人生で自分にとって大事な人を失ったとき、
その悲しみに耐え、もがき苦しむとき、
もしかしたら、
自分にとっての志が生まれるかもしれません。


その志を生かしたいと願う人に縁が天から降りてくるような気がします。


縁を生かして自分の人生を豊かにできるかどうかは、
縁を受けとめることのできる心、
つまり、
自分自身を素直に聴く心が必要だと感じます。


その心を育むのは、
周りに対する感謝の気持ちなのではないでしょうか。


この少年も、
お母さんを亡くしたという絶望の中でも、
先生の気持ちを素直に喜び、感謝し続けていたからこそ、
自分の人生を開花させることができたのではないでしょうか。


感謝はもらうものではなく、
もらうことを期待するものでもなく、
自分から周りに示すことで相手を豊かにし、
そのときに初めて自分の喜びになり、
自分の人生が豊かになるような気がします。

ちょっと長くなってすみません。
読んでいただいてありがとうございました。


「縁を生かす」 ちょっとEお話Vol.2

こんにちは。 Shinjiです。

メルマガですでにお届けしたちょっとEお話のVol.2です。




聴き方を変えることが、
人の人生を大きく変える力があることを、
改めて知らされるお話です。



「縁を生かす」


    「小さな人生論3」藤尾秀昭(致知出版社)


その先生が五年生の担任になった時、
一人、服装が不潔でだらしなく、
どうしても好きになれない少年がいた。

中間記録に先生は少年の悪いところばかりを記入するようになっていた。


ある時、少年の一年生からの記録が目に留まった。
「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。
 勉強もよくでき、将来が楽しみ」とある。

間違いだ。
他の子の記録に違いない。
先生はそう思った。


二年生になると、
「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」
と書かれていた。

三年生では
「母親の病気が悪くなり、疲れていて、教室で居眠りする」。

三年生の後半の記録には
「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」とあり、
四年生になると
「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、子どもに暴力をふるう。」


先生の胸に激しい痛みが走った。


だめと決めつけていた子が突然、
深い悲しみを生き抜いている生身の人間として自分の前に立ち現れてきたのだ。


先生にとって目を開かれた瞬間であった。


放課後、先生は少年に声をかけた。
「先生は夕方まで教室で仕事をするから、
 あなたも勉強していかない?
 分からないところは教えてあげるから」


少年は初めて笑顔を見せた。


それから毎日、
少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。

授業で初めて手をあげた時、
先生に大きな喜びがわき起こった。

少年は自信を持ち始めていた。


クリスマスの午後だった。

少年が小さな包みを先生の胸に押しつけてきた。

あとで開けてみると、
香水の瓶だった。

亡くなったお母さんが使っていたものに違いない。


先生はその一滴をつけ、
夕暮れに少年の家を訪ねた。


雑然とした部屋で独り本を読んでいた少年は、
気がつくと飛んできて、
先生の胸に顔を埋めて叫んだ。


「ああ、お母さんの匂い!
 きょうはすてきなクリスマスだ」


六年生では先生は少年の担任ではなくなった。


卒業の時、先生に少年から一枚のカードが届いた。


「先生は僕のお母さんのようです。
 そして、
 いままで出会った中で一番すばらしい先生でした」


それから六年。

またカードが届いた。

「明日は高校の卒業式です。
 僕は五年生で先生に担当してもらって、
 とても幸せでした。
 おかげで奨学金をもらって医学部に進学することができます」


十年を経て、
またカードがきた。

そこには先生と出会えたことへの感謝と、
父親に叩かれた体験があるから患者の痛みが分かる医者になれると記され、
こう締めくくられていた。


「僕はよく五年生の時の先生を思い出します。
 あのままだめになってしまう僕を救ってくださった先生を、
 神様のように感じます。
 大人になり、
 医者になった僕にとって最高の先生は、
 五年生の時に担任してくださった先生です」


そして一年。

届いたカードは結婚式の招待状だった。


「母の席に座ってください」
と一行、
書き添えられていた。



人は誰でも無数の縁の中に生きている。
無数の縁に育まれ、人はその人生を開花させていく。

大事なのは、与えられた縁をどう生かすかである。





人は他人のことを、
どうしても自分の感情の部分で判断して、
色眼鏡で見てしまいがちですが、
真実を見る目を持っていれば、
180度人の運命を変えることができると、
この先生の行動で感じました。

そして、
この先生の取った行動こそ、
自分の聴き方を変える、
ということではないかと思います。


この先生は、
はじめはどうしても、
少年のことが好きになれませんでした。


それは、
先生の色眼鏡で見ていたからでしょう。

服装が汚い、
だらしない、
という外見に目がいっていたからです。


でも、
これは私自身も普通にやってしまうことで、
もしかしたら、
この文を読んでいただいている方の中にも、
ついやってしまう方もいらっしゃるかもしれません。


この先生のすごいところは、
少年の抱える真実を知って、
自分の色眼鏡に気づき、
それを行動に出したことだと感じます。

誰しも、
時には真実を知らずに、
色眼鏡で見ていることがあるかもしれません。

しかし、
本当の幸せは、
自分の色眼鏡に気づいて、
それを変える勇気を持つことで、
得られるのではないかと、
このお話を読んで思います。


自分の色眼鏡にどうしたら気づくのか。

それは、
自分の聴き方を変えることではないでしょうか。

自分の聴き方とはなにか。

つまり、
自分の心の声を聴き、
そして人の心の声を聴くことだと思うのです。


自分のとらわれに気づくのは、
日常生活の中では、
とても難しく感じます。


とらわれていることすら感じていないことが多いと思うからです。


ではどうしたらいいのか。


その一つの方法が、
自分が嫌な思いや、
辛いことで悩んでいるとき、
または、
人のことを批判したくなったり、
自分に降りかかるネガティブなことを人のせいにしたくなったとき、
その自分の思いに気づく、
つまり自分自身の心の声を聴くことではないでしょうか。


人は、
他人から指摘されると、
つい逆らって、
素直に受け入れられないことがあると思います。


でも、
自分が意識して、
自分の心の声を聴くようにしていたら、
行動の変化を起こしやすいのではないでしょうか。


そして、
それが、
いつかは自分の本当の幸せにつながっていくような気がします。




先生の気持ちを素直に受け止め、
自分の人生を恨まず、卑屈にならず、
前向きに切り開いていった、
この少年も素晴らしい人間だと思います。


どうしてそんな小さな少年に、
こんなことができたのか、
と、つい考えてしまいます。


永平寺を建立した道元という方のお話があります。


道元が弟子から問われました。
「人間はなぜ成功する人としない人がいるのですか」

 道元「成功する人は努力するからだ。」
 弟子「努力する人としない人がいるのはなぜですか。」
 道元「努力する人は志があるからだ。」
 弟子「なぜ志がある人とない人が生じるのですか。」
 道元「志のある人は、人間は必ず死ぬということを知っているからだ。
    志のない人は人間が必ず死ぬということを本当の意味で知らない。
    その差だ。」


ローマの五賢帝の一人、
マルクス・アウレリウスも、
その著書「自省録」でいっているそうです。

 もう一人の人間は祈る。
 「どうか私の子供を失うことのないように」と。
 ところが君は「失うことを恐れずにいることができますように」と祈るのだ。

この方は、
自分のお子さん14人のうち8人を成人する前に失ったそうです。


人生で自分にとって大事な人を失ったとき、
その悲しみに耐え、もがき苦しむとき、
もしかしたら、
自分にとっての志が生まれるかもしれません。


その志を生かしたいと願う人に縁が天から降りてくるような気がします。


縁を生かして自分の人生を豊かにできるかどうかは、
縁を受けとめることのできる心、
つまり、
自分自身を素直に聴く心が必要だと感じます。


その心を育むのは、
周りに対する感謝の気持ちなのではないでしょうか。


この少年も、
お母さんを亡くしたという絶望の中でも、
先生の気持ちを素直に喜び、感謝し続けていたからこそ、
自分の人生を開花させることができたのではないでしょうか。


感謝はもらうものではなく、
もらうことを期待するものでもなく、
自分から周りに示すことで相手を豊かにし、
そのときに初めて自分の喜びになり、
自分の人生が豊かになるような気がします。

ちょっと長くなってすみません。
読んでいただいてありがとうございました。






「「あるレジ打ちの女性」 ちょっとEお話Vol.1

こんにちは。
Shinjiです。

幸せになるためのたった一つのこと。
それは「自分を受け入れる」ということ。

でも、
なかなか難しいですね。
そもそも自分とはなんなのか、ということもとても難しい問題です。

この問題を考えていく材料の一つとして、
心に残るちょっといいお話をご紹介していきたいと思います。
全て私の独断と偏見によって選んだお話です。

そのほかの人にもどこかでお話したかも知れません。

よろしかったら是非一度読んでみてください。


■「涙の数だけ大きくなれる」木下晴弘著(フォレスト出版)
という本に掲載されているお話です。
私もこの本を買って読んだのですが、
この文章はその後、色々なメールやサイトで紹介されているようです。




「あるレジ打ちの女性」


『その女性は,何をしても続かない人でした。
田舎から東京の大学に来て,部活やサークルに入るのは
良いですが,すぐイヤになって次々と所属を
変えていくような人だったのです。

そんな彼女にも,やがて就職の時期がきました。
最初,彼女はメーカー系の企業に就職します。
しかし3か月もしないうちに,やめてしまいました。
次に選んだ就職先である物流会社も
次に入った医療事務の仕事も,半年ほどでやめてしまいました。

そんなことを繰り返すうちに彼女の履歴書は,
入社と退社の経歴がズラッと並ぶようになっていました。

すると,そういう内容の履歴書では,
正社員に雇ってくれる会社がなくなってきます。

結局彼女は,派遣会社に登録しました。
ところが派遣も勤まりません。
イヤなことがあればその仕事をやめてしまうのです。
またもや履歴書に派遣の先リストが長々と書かれるようになりました。

ある日のことです。
新しい仕事先の紹介が届きました。
スーパーでレジを打つ仕事でした。

当時のレジスターは,値段をいちいちキーボードに
撃ち込まなくてはならず,多少はタイピングの訓練を必要とする
仕事でした。
ところが,勤めて1週間もするうち,彼女はレジ打ちに
あきてしまいました。

彼女は辞表を作ってみたものの,決心をつけかねていました。
するとそこへ,お母さんから電話がかかってきました。
「帰っておいでよ」
受話器の向こうから,お母さんのやさしい声が
聞こえてきました。

彼女は田舎に帰ることを決め,片づけを始めました。
すると,机の引出しの奥から1冊のノートが出てきました。

小さい頃に書きつづった大切な日記でした。
パラパラとめくっているうち,彼女は
「私はピアニストになりたい」と書かれているページを
発見したのです。

そう,彼女の小学校時代の夢です。
「そうだ,あの頃,私はピアニストになりたくて,
練習をがんばっていたんだ」

「あんなに希望に燃えていた自分が今はどうだろうか。
履歴書には,やめてきた会社がいくつも並ぶだけ。
自分が悪いのはわかっているけど,
なんて情けないんだろう。
そして私は,また今の仕事から逃げようとしている・・・」

そして彼女は日記を閉じ,泣きながらお母さんにこう
電話したのです。

「お母さん,私,もう少しここでがんばる」

翌日スーパーに出勤した彼女はある考えが浮かびます。

「私は昔,ピアノの練習中に何度も何度も弾き間違えたけど
繰り返し弾いているうちに,どのキーがどこにあるのかを
指が覚えていた。
そうなったら鍵盤を見ずに,楽譜を見るだけで
弾けるようになった。
そうだ,私流にレジ打ちを極めてみよう」

彼女はまずレジのボタンの配置を頭に叩き込み
あとは打つ練習をしました。
数日のうちに,ものすごいスピードでレジが
打てるようになったのです。

すると不思議なことに,これまで見もしなかったところに
目が行くようになったのです。

まず目に映ったのはお客さんの様子でした。

「ああ,あのお客さん,昨日も来ていたな」
「ちょうどこの時間になったら,子ども連れで来るんだ」
さらに
「この人は安売りのものを中心に買う」
「この人はいつも店が閉まる間際に来る」
「この人は高いものしか買わない」
とかがわかるのです。

そんなある日,いつも期限切れ間近の
安いものばかり買うおばあちゃんが,5000円もする
尾頭付きの立派なタイをカゴに入れてレジへ
持ってきたのです。
彼女はびっくりして思わずおばあちゃんに話しかけました。

「今日は何かいいことがあったんですか?
するとおばあちゃんは
「孫がね,水泳の賞を取ったんだよ。
今日はそのお祝いなんだよ。
いいだろう,このタイ」

「いいですね。
おめでとうございます」

お客さんとコミュニケーションをとることが楽しくなったのは
これがきっかけでした。
いつしか彼女はレジに来るお客さんの顔をすっかり覚えてしまい
名前まで一致するようになりました。

「○○さん,今日はチョコレートですか。
でも今日はあちらにもっと安いチョコレートが出てますよ」
「今日はマグロよりカツオの方がいいわよ」
などと言ってあげるようになったのです。

レジに並んでいたお客さんも応えます。
「いい事言ってくれたわ。
今から変えてくるわ」

そんなある日のことでした。
「今日はすごく忙しい」と思いながら
彼女はいつものようにお客さんとの会話を楽しみつつ
レジを打っていました。

すると店内放送が響きました。

「本日は込み合いまして大変申し訳ございません。
どうぞ空いているレジにお回りください」
ところが,わずか間をおいて,また放送が入ります。

「本日は込み合いまして大変申し訳ございません。
重ねて申し上げますが,
どうぞ空いているレジにお回りください」

そして3回目,同じ放送が聞こえた時に
初めて彼女はおかしいと気づき周りを見渡して驚きました。
どうしたことか5つのレジが全部空いているのに,
お客さんは自分のレジにしか並んでいなかったのです。

店長があわてて駆け寄ってきます。
そしてお客さんに
「どうぞ空いているあちらのレジにお回りください」
と言ったその時です。
お客さんは店長の手を振りほどいて,こう言いました。

「放っておいてちょうだい。
私はここに買い物に来てるんじゃない。
あの人としゃべりに来てるんだ。
だからこのレジじゃないとイヤなんだ。」

その瞬間,彼女はワッと泣き崩れました。

その姿を見てお客さんが店長に言いました。

「そうそう,私たちはこの人と話をするのが楽しみで来てるんだ。
今日の特売はほかのスーパーでもやっているよ。
だけど私は,このお姉さんと話をするために
ここへ来てるんだ。
だけらこのレジに並ばせておくれよ」

彼女はポロポロと泣き崩れたまま,レジを
打つことができませんでした。
仕事というのはこれほど素晴らしいものなのだと
初めて気づいたのです。』






自分に向いた仕事がどこかにあるのではなく、
目の前の仕事に懸命に取り組めば、
自分の道が自ずと見えてくる、
というのが、この文章を読んだ私の感想です。

ただ、
自分の道が見えるようになるには、
前提が必要なのかもしれません。

このお話の女性は、
最初はどんな仕事をしても長続きしなかったけれど、
小さい頃の夢を思い出したときに、
今の自分の姿を、
初めてそのまま受け入れれたのではないか、
と感じます。

これは、
自分をなんとかしたい、
でもどうしたらいいか分からない、
分からないけれど諦めたくない、
という自分自身の選択の意志を、
この女性が心の奥に大事に持っていたのではないかと、
そんなことを思いました。

つまり、
自分の夢を、
どんなに叶わない夢であったとしても、
一度心に描いたことのある人は、
どこかでその夢を実現するような、
そんな人生を歩んでいくのかなと、
勝手に感じてしまいました。

小さな夢でも、
人生の壁にぶつかったときに、
その夢が前提となって、
自分を新しい道へ導いてくれるのかもしれません。

そして、
その夢を持っている人は、
心のどこかで、
自分自身の夢をなにかのかたちで実現したいという、
自分の声を聴いているのではないか、
そんなことをこのお話で感じました。

私自身、
このお話を今も時々読み返して、
勇気とエネルギーをもらってます。

日々忙しいく、ともすれば流されやすいことが多々あると思いますが、
仕事を通じて自分の人生を実りあるものにできたら最高ですね!

最後までお読みいただきありがとうございました。




テーマ : 成功の為の気付き - ジャンル : 就職・お仕事

プロフィール

Shinji

Author:Shinji
聴き方アドバイザー。なかなか自分のことを話す機会がない人たちの話を聴いていると、ある人は涙を流し、ある人は怒りだし、でも、最後にはしばらくだまって、本当の自分を受け入れだす人をみて感激します。人は皆、それぞれの小さな物語を持っていて、自分の存在意義を、人のことも自分のこともよく聴くことで気づくんだと感じています。企業で20年以上、様々な研修や人材開発に携わってます。人を育てることは、自分自身を育てることと同義だとつくづく感じております。私のつたない経験が、これから人を育成する方々に、そして、少しずつでも自分自身を受け入れながら、勇気を持って自分の人生を歩んでいきたいと思っている方々の人生に、少しでもたしになればこんなに嬉しいことは無いと思っています。薬剤師。TMA公認カウンセラー。

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